限界が来るまで、気づかなかった
このブログでは障害児育児の制度や手続きについて書いてきました。
今回は少し違う話をします。
私がうつになって休職した経緯です。
きれいにまとめるつもりはありません。当時のことをできるだけそのまま書きます。同じ状況で「自分だけがおかしいのか」と思っている人に届いてほしいからです。

当時の状況
私は医療職で10年ほど働いてきたので、業務自体はほとんどこなせることができていました。ただ人間関係に問題があり、特に少ない人数で回していたため苦手な人と一緒に作業することは苦痛でした。
息子に知的障害の診断が出たのは私が働き出して5年ほどたったころでした。
診断を受けてから、仕事と育児の両立がより複雑になりました。
療育の付き添い・送迎、手続き、保育園との連携。これらが仕事と並行して続きました。
なぜ気づかなかったのか
正直に言うと、限界が来る直前まで「自分は大丈夫」と思っていました。
理由は3つあります。
理由①:「これくらい普通だ」と思っていた
障害のある子どもを育てながら働いている親は他にもいます。みんなやっているのだから自分もできるはずだと思っていました。
でも後から気づいたのですが、「みんなやっている」は正確ではありませんでした。やっているように見えるだけで、内側でどれだけ消耗しているかはなかなか外からはわかりません。
理由②:医療職としての自己判断
「まだ診断がつくレベルではない」「もう少し様子を見よう」という自己判断ができてしまいました。
この自己判断が最も危なかったです。自分のことは自分が一番見えていませんでした。
理由③:立ち止まれる状況ではなかった
息子の療育、家族の生活、職場の責任。どれも「今休めない理由」でした。
立ち止まることへの罪悪感が、限界のサインを無視させ続けました。

限界が来たとき
私の場合は、はじめに職場に行きたくないという気持ちが芽生え始めました。それ自体は多くの人がいつかは感じることかと思います。しかしそれからしばらくして普段やっていた当たり前の業務に手がつかなくなってきました。やる気がでてこないというか気力がなくなっていくような感覚でした。
それでもしばらく続けました。
本格的にもうこれはダメだと思ったのが、普段なら聞き流していた苦手な人から嫌味でした。これで自分の中の1本の糸がぷつっと切れたことを今でも覚えています。
受診から休職まで
主治医への相談
糸が切れてしまった日は週末。急遽、週明けに有給を申請して病院を受診しました。
診断はうつでした。
職場への報告
受診後、先生はすぐに診断書を書いてくれたので、上司に電話で連絡をしそれをそのまま職場に持っていきました。そこで少し面談をしました。上司にはとても恵まれており、親身になって話を聞いてくれました。しっかり休んで戻っておいでと言っていただけて申し訳ない気持ちもあり、ありがたい気持ちもあり複雑な気持ちでした。

休職して気づいたこと
気づき①:障害児育児は「普通」ではなかった
障害のある子どもを育てながらフルタイムで働くことを「普通」だと思っていました。
でもそれは「普通」ではありませんでした。
健常児を育てながら働くことと比べて、手続き・療育・保育園との連携など、明らかに負担が大きいです。それを「みんなやっていること」と同列に扱っていたことが間違いでした。
気づき②:限界は突然来るわけではなかった
休職後に振り返ると、サインはずっと前からありました。
私の場合、昔からやっていた趣味に興味がなくなったり、感情的になることが増えていました。
気づけなかったのではなく、気づかないようにしていたのだと思います。
気づき③:休むことは逃げではなかった
休職を決めたとき「逃げた」と思いました。
でも今は違う見方をしています。
限界まで追い詰められてようやく休んだのは、むしろ休むのが遅すぎたということだと思っています。

同じ立場の人へ
障害のある子どもを育てながら、自分自身も限界を感じている人へ伝えたいことがあります。
「しんどい」は本当のことです。
大げさでも弱くもありません。それだけのことを抱えているからしんどいのです。
休むことへの罪悪感は、真剣に仕事と育児に向き合ってきた証拠でもあります。でもその罪悪感が自分を壊すほどの重さになっているなら、立ち止まる必要があります。
私はうつになって休職して、初めて自分の限界を認めることができました。
もっと早く認められればよかったと思う反面、あの経験があったからこそ今こうして書けることもあります。
一人で抱え込まないでください。
この記事を読んで、もし限界を感じているなら
一人で抱え込まず、まず誰かに話してみてください。
主治医、配偶者、相談支援専門員、どんな相手でも構いません。
オンラインで気軽に話せるカウンセリングサービスもあります。専門家への相談をおすすめします。
まとめ
私がうつになって休職した理由は一言で言うと「重なった」からです。
障害児育児の負担と仕事のストレスが同時に限界を超えました。
どちらか一方なら乗り越えられたかもしれません。両方が重なったときに限界を向かえました。
今振り返ると、もっと早く立ち止まればよかったと思います。でも当時の自分にそれを言っても、きっとまだ頑張ろうとしたと思います。
同じ状況にいる方が、この記事を読んで少しだけ「休んでもいいかもしれない」と思えたなら嬉しいです。
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